麹のおはなし

今ではすっかりお馴染みとなった麹。スーパーでも当たり前のように見かけます。塩麹、麹の甘酒、もちろん麹そのものも。醗酵調味料を手作りする方も増えてきました、それまではあまり気に留めることもなかった麹ですが、2011年頃からメディアに多く紹介され、麹という言葉をよく耳にするようになりました。特に、塩麹は毎日のように取り上げられていたのを覚えています。

全く気に留めることのなかった麹を一躍有名にしたのが、大分県佐伯市で300年以上続く麹専門店「糀屋本店」代表取締役の浅利妙峰氏です。

普段使いの調味料として、塩麹や麹の甘酒、またそれらを使った沢山のレシピが各メディアで紹介されていました。最も簡単なレシピは、鶏肉に塩麹を塗って焼くだけ。ただそれだけで鶏肉の身は柔らかくジューシーに、そして味わいには甘みと旨みが加わり深みが出るとか。実際に使ってみたところ、本当に簡単なのに美味しい。まるで魔法のような調味料。更には体にもやさしいということで、主婦をはじめ、健康志向の強い世代に一気に火がつき、塩麹や麹の甘酒の名が全国区になっていったように思います。

実は麹を使った調味料はこれだけではありません。昔から身近にある、味噌、醤油、酒、みりん、酢なども麹を用いて醗酵させた醗酵調味料です。普段から使っている調味料のほとんどが醗酵調味料というのは、世界的に見ても珍しく、そのことから日本は醗酵先進国と言われ、その醗酵先進国である日本の醗酵食品の特徴は麹を用いるというところです。日本の多くの醗酵食品には麹が使われているのです。

その麹は、紀元前、中国から伝わってきたと言われています。しかし中国の麹の主流は「クモノスカビ」を生やしたもので、日本の「ニホンコウジカビ=アスペルギルスオリゼー(など)」を生やした麹とは異なります。どのような変遷を経たかは分かっておりませんが、この日本の麹が使われたとされる起源は、奈良時代初期が有力とされています。西暦715年頃編纂された「播磨国風土記」に、大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れて黴(かび)生えき、すなはち、酒を醸(かも)さしめて、庭酒に献りて宴しき(神様に供えられた米飯(=御粮)が濡れたため、カビが生えてしまった。そこでその米を醸したところ、お酒が出来上がり、神様に献上して宴をおこなった)と記されていることから、715年頃までには使われていたことになります。

ではなぜ1300年もの時を経た今、麹が注目されているのでしょうか?麹とは一体どういうものなのか?麹の不思議を紐解いてみることにしましょう。

まず麹とは、蒸した穀物(米・麦・大豆など)に麹菌(カビ)を生やして作る加工品です。米に生やせば米麹、麦なら麦麹、豆なら豆麹となります。蒸しただけの穀物と麹菌を生やしたものとでは大きな違いがあります。それは、成分です。麹菌が繁殖する際に生成する成分はなんと350種類以上。ビタミンやアミノ酸、そして酵素など、人にとって有益な成分が麹にはたくさん含まれています。そしてその中に含まれている酵素、これこそが日本の醗酵食品を作る上で不可欠な存在になっているのです。

酵素はタンパク質の一種です。その酵素を麹菌は繁殖時に100種類以上生成し、その中でも特に、アミラーゼ(デンプン分解酵素)とプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を多く生成します。それぞれの酵素はその名の通り、アミラーゼであればデンプンを、プロテアーゼであればタンパク質を分解します。繋がっているものを切り離す、ハサミのようなイメージです。

アミラーゼで切り離されたデンプンは最終的に甘みであるブドウ糖に、プロテアーゼで切り離されたタンパク質は最終的に旨みであるアミノ酸になります。言い換えれば、ブドウ糖がたくさん繋がっているものがデンプンで、アミノ酸がたくさん繋がっているものがタンパク質ということです。それぞれの成分がブドウ糖やアミノ酸に分解され変化することにより、甘みや旨みが増し、深みのある美味しい醗酵食品となるのです。

例えば米味噌で見てみると、原料は米麹、蒸大豆、塩。それらを合わせて容器に入れ、半年から1年かけて醗酵、熟成させます。その期間、容器の中では、米麹に含まれているアミラーゼとプロテアーゼがそれぞれの成分に反応し、米のデンプンはブドウ糖に、大豆のタンパク質はアミノ酸へと分解され、甘みと旨みが増した美味しい醗酵調味料、味噌が出来上がるというわけです。

前出の塩麹もこの麹の持つ酵素を活かして作られた、甘み旨みたっぷりの美味しい醗酵調味料です。塩だけでは得られない深みが加わるため、塩麹を塗って焼いただけの鶏肉が驚くほど美味しくなり、鶏肉のタンパク質が分解されることにより、肉質が柔らかくジューシーになるのです。

麹を取り入れることにより、甘み旨みが加わり美味しさがアップ、350種類以上の成分が加わり栄養価がアップ、分解により成分が低分子化され消化吸収率もアップし、体への負担が軽減され、そして、腸内の善玉菌のエサとなる成分も含まれていることから、腸内環境の改善にも繋がると言われています。

麹がこの時代で注目を集めているのは、このような理由からでしょう。

家庭でも簡単に作れる調味料、塩麹。きっかけはほんの些細なことでしたが、この素晴らしい麹の存在を知れたことは、今の日本人にとって大きな喜びです。

日本に1300年以上も前から存在する麹、そしてそれを巧みに利用して作られた醗酵食品の数々を、これからも絶やすことなくしっかりと日本の醗酵食文化として、私たちは後世に伝承していかなければならないと思います。